『玻璃の欠落』は、玉ぼん先生の商業漫画作品。
大正という激動する時代や複雑な家族関係に翻弄された男女。背徳的ながらも感動的な純愛が描かれます。
この記事では、『玻璃の欠落』の作品情報と配信状況、見どころなどについてご紹介していきます。
『玻璃の欠落』作品情報と配信状況
作品名 | 玻璃の欠落 |
作者 | 玉ぼん |
掲載誌 | 序章:COMIC快楽天 2024年11月号 前編:COMIC快楽天 2024年12月号 後編:COMIC快楽天 2025年01月号 |
配信状況 |
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『玻璃の欠落』あらすじ
時は大正7年、戦争特需に沸く日本。
造船業を営む東雲家は、第一次世界大戦の景気を追い風に事業を拡大。一気に成功を収め、船成金と呼ばれるようになります。
しかし、繁栄の裏で当主が頭を悩ませていたのが跡継ぎの問題。
そんな中、取引先の若き青年・高島四郎に白羽の矢が立ちます。商才を買われ、娘との婚約を条件に後継者として迎え入れられることに。
その婚約者として選ばれたのは、二人の娘のうち、正妻の子である妹・ちよ子でした。
一方、姉であり妾の子でもあるゆき子は──
『玻璃の欠落』舞台背景
物語の舞台は、大正時代の終盤。日本が第一次世界大戦で得た景気に浮かれる時代です。
東雲家は、その時代の波に乗って造船業で巨万の富を築き上げた成金一家。
作品の中では、大正ならではの風俗・文化・衣装などが細部まで丁寧に描かれています。
- 大正3年(1914):第一次世界大戦勃発
- 大正4年(1915):東雲家、英国に軍用船を売却し巨利を得る
- 大正7年(1918):本作の物語が展開する年。11月に戦争終結
『玻璃の欠落』 登場人物
ここからは、本作の主要人物をネタバレなしでご紹介していきます。
本作の中心となるのは、東雲ゆき子と高島四郎の二人。『前編』ではゆき子視点で、『後編』では四郎視点で物語が描かれます。
高島 四郎(たかしま しろう)
借金まみれの漁師の家に生まれた青年。
持ち前の商才を買われ、東雲家の跡継ぎ候補として迎えられ、ちよ子との婚約が決まります。
東雲家を継いでさらに富を築こうとする野心を持つ一方、ゆき子の妖艶な魅力には抗えずにいます。
東雲 ゆき子(しののめ ゆきこ)
東雲家の長女。
母は元使用人で妾という出自から、妹の誕生を機に冷遇されるようになります。
そのため、東雲家に対する強い恨みを抱え、四郎との子を孕むことで復讐を試みます。
東雲 ちよ子
東雲家の次女で、正妻の娘。
素直で優しい性格で、姉・ゆき子の境遇を案じながらも、仲良くしたいと思っています。
四郎との婚約に前向きな様子を見せつつ、裏では劇団俳優と密会の噂もあります。
東雲家当主
ゆき子とちよ子の実父。四郎にちよ子との婚約を持ちかけた張本人。
家の繁栄が何よりも重要で、ゆき子だけでなくちよ子でさえ家の道具として見ている。
ちよ子の母
華族出身で東雲家の正妻。
ゆき子を東雲家の者と認知こそしていますが、ゆき子の母と同様に忌み嫌っており、「下賤の血」「嫌な女」と吐き捨てます。
ゆき子の母
故人。ゆき子が物心つく前に亡くなった、かつての使用人。
女中たちの間では「田舎娘の色香で旦那様をたぶらかした」「売女」と陰口を叩かれています。
『玻璃の欠落』見どころ
ここからは、『玻璃の欠落』の見どころをご紹介します。物語の魅力が伝わるよう、軽微なネタバレを含みつつ解説していきます。
フルカラーで時代と人間関係が描かれる『序章』
『序章』は、全6ページのフルカラー。全体的に鮮やかさが抑えられ、深紅を基調とした着物や背景が、大正時代特有の空気感を直感的に表していると思います。
また、物語の舞台となる東雲家で、主要人物たち(東雲家当主、ちよ子母、ちよ子、ゆき子、四郎)が食卓を囲むシーンでは、ゆき子だけが会話から外れており、東雲家での孤立した立場が静かに浮き彫りになっています。
この『序章』は、単話『前編』の試し読みで全ページ読むことが可能です。作品の雰囲気や登場人物の関係性をつかむのに最適な導入パートとなっています。
ゆき子の想いと四郎との背徳的な関係が描かれる『前編』
『前編』は、ゆき子視点で物語が進みます。
ちよ子母との確執や、女中たちからの悪い噂など、ゆき子が置かれた孤独な立場や悪女と見なされる背景が丁寧に描かれています。彼女は、妹の婚約者である四郎と関係を持ち、子を成すことで東雲家への復讐を果たそうとします。
『前編』にはNTRの要素が明確に打ち出されていますが、作品全体を通して見ると、根底にあるのは紛れもない純愛です。胸糞要素は皆無です。
とんぼ玉の簪の思い出
作中に登場するとんぼ玉の簪は、本作の重要アイテムです。
四郎と初めて出会った頃(3年前、四郎が旅学に行く前?)、不遇な扱いを受けていたゆき子は「自分だけのもの」が欲しいと願っていました。その際、四郎から貰ったのがとんぼ玉の簪です。
そのとんぼ玉は、四郎が故郷にいたときに自作したもの。中に気泡が入り、「素人製作」だと彼は謙遜するものの、まさに世界に一つだけの簪です。
ゆき子にとってはどんな宝石よりも価値がある品で、「四郎さんだけが自分を見てくれている」と彼に希望を見出します。
実は、この回想シーンは『後編』の四郎視点でも描かれます。そのとんぼ玉は、ようやく形になった一つをお守り代わりに持ち歩いていたものだと明かされ、彼にとっても思い入れのある品。
二人にとってすごく印象的な思い出として描かれ、単なるプレゼントではなく、お互いに好意を抱いたきっかけとなったと考えられるシーンです。
とんぼ玉の簪を「知らない」と答えた意味
ゆき子は、四郎にとんぼ玉の簪のことを尋ねられたとき、冷たく「知らない」と答えます。
この一言は、単なる否定ではなく、四郎への希望や好意、そしてそのすべてを砕かれた過去への拒絶の現れ。四郎を想う気持ちよりも、東雲家への復讐心が勝っていたゆき子にとって、その簪は痛みの象徴だったはずです。
しかし、自分が子を産めない体だと知ったとき、継ぎ接ぎのとんぼ玉の簪を握りしめて嗚咽する姿は、それがどれほど大切なものであったかを物語っています。
また、冒頭、ガサ入れしてきたちよ子母に対し、真珠の簪を「こんな安物」とキレて投げ返したのも、継ぎ接ぎのとんぼ玉の簪を隠していた引き出しを開けられたから。もしとんぼ玉の簪の存在を知られたら、大切な品を馬鹿にされるでしょうからね。
『前編』における『玻璃の欠落』の意味
タイトル「玻璃の欠落」は、『前編』でふたつの意味を持ちます。
一つ目は、四郎がちよ子との婚約を快諾したのを聞いてしまった瞬間、ゆき子がガラス玉の簪を落として割ってしまう場面。玻璃とはガラスのことで、とんぼ玉とは模様が入ったガラス玉のこと。それが、文字通り欠けてしまったこと。
二つ目は、その瞬間、四郎頼みだったゆき子の脆く儚い心も砕け散ってしまったこと。
そして、この物語の凄いところは、『後編』でまた別の意味を持つようになることです。
四郎の想いとゆき子への救いが描かれる『後編』
『後編』は、視点が四郎に切り替わります。『前編』では受け身だった彼の心情が描かれる代わりに、ゆき子の本心が読めなくなります。
部屋に閉じこもったままのゆき子に対して、四郎は自らの野望を達成したうえで彼女を救う計画を提案。
しかし、その考えは甘かったのです。ゆき子はその提案を拒絶し、継ぎ接ぎのとんぼ玉の簪を残して、東雲家を飛び出してしまうのです。
世間知らずの少女が一人で生きていけるほど、現実は甘くありません。四郎はゆき子の行動の意味を悟り、自身も覚悟を決めます。
そして物語は、感動的なクライマックスへ。涙腺崩壊確実で感動的なラストが待っています。
「ちよ子は弁えた女、ゆき子とは大違い」の意味
四郎は、ちよ子が劇団俳優と何か話している様子を目撃すると、「ちよ子は弁えた女だ」と語ります。
「弁えている」とは、立場や状況を理解して行動しているという意味。
つまり、親の決めた婚約に従いつつも、裏では劇団俳優との関係を保っているちよ子は利口だということです。
それに対して、ゆき子は弁えない。四郎との関係を隠そうとするつもりがないということです。
ちなみに、四郎自身もまた、野望のために弁えて行動している人物です。
四郎の野望と葛藤
四郎がちょっと悪そうな顔で自身の野望をモノローグで語っています。
四郎は、借金まみれの家庭で育ちました。そんな彼の野望は、金持ちになること。その手段は、ちよ子と結婚し東雲家を継ぐこと。今のような景気は続かないと見込み、早く家督を譲ってもらおうとすら考えています。
しかし、そんな自身の野望を「それで何も問題ない…そうだろ?」と自問するのです。
ゆき子との関係が露呈する前に終わって好都合だったと語る四郎ですが、ゆき子のことが気がかりで葛藤を抱いているのがわかります。
四郎の提案とゆき子の拒絶
閉じこもるゆき子に対し、四郎は「自分が東雲家を掌握し、安全な場所でゆき子を囲う」という最善の提案をします。
しかし、ゆき子はそれを拒絶。「助平爺の慰み者になった方がずっとまし」と吐き捨てます。
ゆき子にとって重要なのは、東雲家と決別すること、そして「”自分だけのもの”が欲しい」という気持ち。四郎との温かい家庭を夢見ていた彼女にとって、その提案ではどちらとも叶わないのです。
すると、「少しでも情があるなら…」とゆき子は四郎を誘うのですが、『後半』冒頭でベッドの横にカバンが置かれており、すでに家を出る覚悟は固まっていたのです。
ゆき子らしい妖艶な振る舞いで誘いますが、四郎との”最後の思い出”を作ろうとする彼女なりの精一杯。彼女の心境を想像すると、胸が打たれる瞬間です。
ラスト4ページでハッピーエンドに向かう急展開
翌朝、目を覚ました四郎の枕元には、とんぼ玉の簪が。
四郎はそこで、自分の提案が彼女の願いを踏みにじるものだったと悟り、すぐに行動に移します。東京駅で一人座っているゆき子に辿りつくのです。
4ページで描かれるエンディングは、これまでの不穏な雰囲気を一掃する展開。読者にとっては、四郎が聡明な人間で良かったと心から思える瞬間です。
最後の1ページで見せた最高の笑顔が、彼女の積年の願いが叶ったことを物語っています。四郎の告白に泣いたゆき子の表情はあえて描かれないことで、玉ぼん先生が何を描きたかったのか明確に理解できます。
そして、タイトル『玻璃の欠落』に込められた伏線もこの瞬間に回収されます。まさに見事の一言です。
『玻璃の欠落』感想
めっちゃ泣きました。何回読んでも泣けますし、こうして感想を書いている今も鼻水が止まりません。
玉ぼん先生は、心を揺さぶる純愛作品を連発されていますが、その中でも『玻璃の欠落』は特に泣けます。
大正という激動の時代のなかで、人並みの願いを抱きつつ懸命に生きるゆき子の姿が、切なくも美しく描かれているんですよね。玉ぼん先生の地元ネタも織り交ぜられており、まさに渾身の一作であることが伝わってきます。
物語の全体的に、浮気やNTRの雰囲気があるため、それで読むのをためらってしまう方もいるかもしれません。でも、それは表層的な印象に過ぎなく、最後まで読めば、100%純愛だと分かるはずです。
四郎と婚約していたちよ子も、最終的には劇団俳優と結ばれるため、オールハッピーなのがとても嬉しいですね。
それにしても、わずか序章6ページ+前編28ページ+後編28ページというボリュームで、ここまで完成された物語を描き切っているのは圧巻です。
1ページごとの密度が本当に凄くて、『玻璃の欠落』だけで一冊の単行本が成立するんじゃないかと思うほどの内容量と完成度です。玉ぼん先生にはもっと儲けて貰いたい…
まとめ
この記事では、『玻璃の欠落』の作品情報と配信状況、見どころなどについてご紹介していきます。
ぜひ参考にしていただき、玉ぼん先生を応援していきましょう。